2025/02/09 19:53

 

 ちょっとだけ、細かい話を。

 オレンジと聞いて、何を想像するでしょう。
 私は、色としてのオレンジを想像します。オレンジ色。
 これを読んでいる方のうち何名かは共感していただけているのかもしれませんが、何の文脈もなく、オレンジ、と言われれば、おそらく何割かの人が、果物のオレンジを想像するはずです。オレンジ。
 SMAPのオレンジという楽曲を想像する人もいれば、オレンジレンジが連想される人もいる。とにかく文脈のない状態でのオレンジは、解釈の幅が広いわけです。同音異義語。

 この同音異義語によって発生する解釈のすれ違いは、比較的簡単に対処することができます。今朝オレンジ食べたんだよね、とか、昨日SMAPのオレンジ聴いたんだけどさ、とか、前後に一言二言足しちゃえばいいんです。オレンジが好きなんだよね、みたいな場合は解釈に困りますが、オレンジが好きなんだよね、という発言の前にはきっと何かしらの会話が存在し、好きな色の話をしていたり、食べ物の話をしていたりと、解釈を助けてくれる背景があるはずです。
 問題は、私が思っているオレンジと、相手が思っているオレンジが違うパターンです。

 わかりやすく、色で例えてみましょう。

 オレンジ色。

 どんな色を思い浮かべますか。
 私は道路の端にあるカーブミラーのような色を思い浮かべますが、夕日を想像する人もいるでしょうし、果物のオレンジと同じ色を想像する人もいるでしょう(果物のオレンジにも種類がたくさんあるわけで、それまた解釈が異なってくるのですが、今回はご愛嬌ということで)。何事においても、世の中絶対の答えなんてほとんど存在せず、あるいは存在しても全員が正しく理解していることなんて滅多になく、故にコミュニケーションで齟齬が生まれるのだと思います。
 オレンジって言ったら絶対この色です、とかってあまり決まってない気がします。もし決まっていたとしても、私の頭に入っている小さな辞書には、登録されていません。残念ながら。

 五感で感じられるものは、五感という曖昧なものを通して評価されるため、評価自体も抽象的になることが多いです。
 そこには主観があり、経験があり、その日の気分があります。オレンジという色にもほとんど無限の広がりがあり、例えばポストを見たときにも、それをオレンジと形容する人と赤色と形容する人が出てくるわけです。色褪せた朱色は、果たしてオレンジと呼べるでしょうか。

 味覚も同様です。

 美味しい、美味しくないという話はもちろんのこと、甘い、苦い、辛い、酸っぱい、とにかくどの評価も曖昧で、いえ、きっと糖度計などを使えばそれなりに公正な判断をすることができるのでしょうが、結局は人間の五感による評価に帰着するので、味覚もまた、曖昧なものなんです。誰にとっても美味しいものなんてないんです(私の友人には、カレーが嫌いだという人も、唐揚げが嫌いだという人も存在します)。

 酸味のあるコーヒーが苦手なんです、というフレーズを、最近かなりの頻度で耳にします。酸味のないコーヒーが好きなんです、とも。
 いや理解はできますよ。嫌な酸というものも存在するので。酸っぱくて、眉を顰めたくなるタイプのコーヒー。確かに苦手な気持ちもわかりますし、実際私もあまり得意ではない味です(いえ、正直に言いましょう。そういうコーヒーは苦手です)。
 ただ、酸の一切ないコーヒーは締まりがなく、どこかぼやけた印象になってしまうんです。味にまとまりがなく、逃げていってしまう感じというか、そういう感じです。良質で適切な量の酸は、コーヒーを美味しくしてくれます。ただ、酸は酸であり、その違いを説明するのは非常に難しく、結局説明を諦めて中煎り〜深煎りのコーヒーを勧めたくなってしまうことも多々。飲んでみなきゃわからない、と半ば諦めてしまいたくなります。うちの浅煎りは酸っぱくないんです、と言いたい気持ちは山々です。

 味の説明にしてもそうです。
 今月お出ししているホンジュラスのコーヒー。説明書きに、メロンという単語を使っています。メロンのような甘さ。
 じゃあ本当にメロンの味がするのかというと、そんなこともありません。メロンみたいな味、と少し解釈の幅を広げても、別にそんな味がするわけではありません。じゃあメロンっぽさはないのかというと、そうでもない。確かにメロンみたいな甘さが感じられるんです。メロンの中でも、緑色の果肉をしたタイプのものに似た、さっぱりしつつも濃厚な甘さが、感じられるんです。
 ただこれも私の五感に頼った表現ですし、他の方が口にしたら、全く違う表現をすることもあるでしょう。この曖昧な感覚を、できるだけわかりやすく、そして美しく表現しようと試みていますが、やはり説明は難しいです。コーヒーに精通している方へ説明するのは簡単でも、初めてお会いした方や、コーヒーは普段あまり飲まないという方への説明は、言葉選びが慎重になります。何が言いたいのか。

 難しい表現は要らず、わかりやすくストレートな感想が一番です。

 お店のメニュー表や、オンラインショップの説明書きには、私が一文字ずつ丁寧に選んだ言葉が並んでいます。もちろん私にとって思い入れのある言葉たちなので、蔑ろにされるのは少し悲しくなりますが、良い意味で無視していただけると嬉しいです。
 ホンジュラスに、メロン以外の形容を与えたいんです。三者三様。十人十色。メロンって書いてあるけど、私はこんな風に感じた、なんて言っていただけると、議論が盛り上がるじゃないですか。表現は人それぞれですし、先入観のない言葉は、割と正しいことが多い気もします。

 夕方です。

 陽が落ち始め、空がカラフルになってきました。

 真新しいポストみたいな色の太陽が、紫色の夕方を連れてきました。

 紫色。