2025/01/17 17:32
シャビ・エルナンデス。
通称、シャビ。或いは、チャビ。
私と同年代のサッカー少年やサッカー好きの方なら、知らない人はいないでしょう。
FCバルセロナの下部組織であるカンテラからそのままトップチームへ。トップチームデビュー後はバルサ黄金期を支える中心選手へと成長し、バルセロナでは背番号6を、スペイン代表では背番号8を、いずれも長きにわたって背負ってきました。当時世界最強と謳われたペップバルサは、いま尚語り継がれる伝説的なチームであり、歴代最強のクラブについて語られる際は、ほぼ間違いなく名前が挙げられるはずです。メッシ、シャビ、イニエスタの3選手が最終候補となった2010年のバロンドール授賞式は、ペップバルサが世界的に認められた瞬間と呼んで差し支えないでしょう。
バルサの伝統4-3-3。
その中盤にポジションを取り、ピッチを漂うように巡る彼のプレースタイルは唯一無二でした。マークが付けばワンタッチでシンプルに動かし、フリーとなればじわじわとドリブルで持ち出す。身長170cm、体重68kgと、他の選手と比較すると体格では見劣りするものの、彼がフィジカルで潰されるシーンを、私はほとんど見たことがありません。ポジション自体は右インサイドハーフに近い登録をされていますが、逆インサイドハーフのイニエスタとは頻繁にポジションを交換し、広く中盤としてプレーすることがほとんどです。派手なドリブルや豪快なシュートは無く、見た目も至って平凡。試合中熱くなることはありますが、感情的にはなりません。そんな選手、シャビ・エルナンデス。
派手さもなく、パワフルなプレーが得意なわけでもない彼が、バルサ黄金期の中心選手でした。ポゼッションサッカー、俗に言うティキ・タカの心臓部には常にシャビが構え、彼を中心にゲームは展開されていきます。なぜそんな芸当が可能だったのか。
ヒントは、彼の頭にありました。
彼は本当に、よく頭を使います。
シャビのプレーを見ていると、ものすごい頻度で周囲の状況を確認していることがわかります。周りの状況を常に把握し、絶妙なポジションを取り続ける。周りが見えているから、ボールが来ても慌てることもない。相手の届かないところにワンタッチでボールを置き、隙あらばチャンスメイク。これだけでも十分素晴らしいのですが、私が驚かされるのは、彼の状況判断能力です。
状況判断。
状況を確認した上で行う判断のことを指します。シャビはこの状況判断のレベルが、群を抜いて高いです。
自分を含めた22人の選手がピッチ上のどこに立ち、どのような体の向きでプレーをしているかを確認。相手の陣形を正しく把握した上で、構造上最も相手が嫌がるポジションに立ち続ける。彼はフィジカルではなく頭を使い、相手の陣形を壊しにかかります。
例えば、対4-1-4-1。バルサのティキタカに対応すべく、4-4-2の中盤にピボーテを加えた陣形です。バイタルエリアに構えるピボーテにより攻撃のためのスペースは狭くなり、ラストパスのためのパスコースさえもなくなります。ボール保持はできても、バイタルへの侵入が叶わず、結局サイドからのクロスで攻撃を終えてしまうこともしばしば。こんな場面でも、シャビの頭脳は活躍します。
4-1-4-1の陣形を採用する相手に攻撃を開始する際、インサイドハーフに構えるシャビは、通常よりやや低めの位置でボールを受け、自陣方向もしくは水平方向へゆっくりとドリブルを開始します。対応する相手インサイドハーフは徐々に持ち場から離れ、センターフォワードと同じ列までポジションを上げる。空席となったインサイドハーフのポジションは、ピボーテがポジションを一つ上げることで埋められます。
シャビがボールを保持してゆっくりドリブルする、たったそれだけのことで、相手の陣形は4-1-4-1から4-4-2へと強制的に変更。ピボーテが不在となったバイタルエリアにはスペースが生まれ、バルサの攻撃を容易に通す。慌てて自陣へと戻るインサイドハーフの帰還を待たずして、バルサ攻撃陣はフィニッシュへとボールを運びます。
シャビの行動に派手さはありませんが、相手の陣形における構造上の弱点を90分間執拗に突き続け、ギャップを生み出しています。必要以上に攻撃参加することはせず、時としてディフェンスラインまで自身のポジションを下げることで、中盤にゆとりを持たせ、ディフェンスラインまで相手のプレッシャーが押し寄せれば、シャビは少し高いポジションでパスを受ける。フィジカルによる攻撃が相手個人を打ち負かすとするならば、シャビの頭脳には相手の組織を芯から砕くような破壊力があります。
なんか、かっこいいなと思うわけです。
フィジカルで押し切るサッカーの方が派手だし、思うままにプレーできるし、実際結果も出しやすいはずです。高身長でガタイの良いフォワードに向けてロングフィードをしているサッカーの方が、簡単に得点できます。ただ、センスや先天的な体格に頼らず、自分の頭を最大限使って勝利を生み出す、スマートな強さの方が、個人的には好みだったりもします。素人には一見すると凄さがわからない、それでも玄人から見れば口角が上がってしまうくらいに上手い、そんな強さが理想です。
何が言いたいかって、わかりにくい魅力って、時として美しさすら感じさせるよね、ということです。
シャビのプレーが地味であるように、私のコーヒーも(おそらく)かなり地味な味わいです。パッと弾けるフルーティーさもなければ、目眩がするほどのパンチもない、一見すると普通のコーヒーです。
ただ、わかる人にはわかるはずです。冷めても美味しく、それでいて特徴を柔らかくクリアに抽出することの技術面における難しさや、ただ徒にフルーティーならいいわけでもないというある種の哲学、そして飲み終わってもカップを眺めたくなってしまう余韻、どれも分かりにくい魅力ですが、理解者は必ずいるはずです。
こんな地味な違いや魅力を生み出すために、私はやはりコーヒーを観察し、時として適切な判断を下し、感覚だけでなく頭を使って焙煎やドリップをしています。コーヒー豆は焙煎の過程でこのような変化をする、深煎りのお豆はこんな構造になっているからこうドリップする、科学的に見て湯温はこれくらいが適切である、など、とにかく頭を使います。言語化できないこともありますし、感覚に頼らなければならないことももちろんあります。ただ、考えることを辞めてしまっては、成長もないわけです。
分かりにくく、それでいて美味しいコーヒーを、今月はご用意しています。
地味な魅力は、目に見えない努力の積み重ねと、細部へのこだわりにより生まれるものだと信じて、私は今日も、コーヒーを焼いています。
「嘘のような話だけれど、サッカーで大事なのはディテールなんだ。」
シャビ・エルナンデス