2025/02/02 10:06
冬。
炬燵に腰から下をずっぽりと潜り込ませながら、熱々のコーヒーを淹れた大きめのマグカップで暖をとる。窓の外には、夕方から本格的に降り始めた、雪。南側の窓から見えるいつもの田圃は、真っ暗なはずの夜をほんのりと銀色に照らしています。
口の先を尖らせながら、熱々のコーヒーを啜る。火傷。慌ててふーふーとコーヒーを冷ます。しっかり冷まさなかったことを後悔しつつも、飲み下した熱々のコーヒーが一筋に入っていく感覚が心地良い。少しずつ飲みやすくなってきたら、今度はホットミルクの用意を。電子レンジでミルクを温め、半分くらいまで減っていたコーヒーに注ぐ。カフェオレとしてマグカップを再度満たしたコーヒーを、今度は時間をかけてゆっくりと楽しむ。
やがてお腹いっぱいになり、最後の二口はほとんど義務感に駆られながら飲み干す。寝ている間にトイレへ行きたくなるだろうな、と今更ながら二度目の後悔しつつ、歯を磨いてベッドに潜る。横になってからもコーヒーは体を内側から温めてくれます。体の芯からぼんやりと眠気を感じ、そのまま穏やかな眠りへと落ちる。
ご自宅でコーヒーを飲まれる方の中には、こんな楽しみ方をする方もいらっしゃるかと思います。
実際私も(珈琲屋という身分ではありますが)、上述のような楽しみ方をすることもありますし、家では結構適当にコーヒーを淹れてたりします。分量はある程度測りますが、温度も注ぎ方も結構適当です。思ったより熱くなっちゃっても、まぁそれはそれでいっか、みたいなテンションです。
熱々のコーヒーを飲みたいという気持ちは、分かります。
冬といえば熱々のコーヒーだし、ちょっとずつ冷ましながら、飲みやすい温度に至った瞬間に一気に飲み干すのが楽しみでもあります。分かります。
ただ、お店でお出ししているコーヒーは、熱々とは程遠く、最初から飲みやすい温度で提供しています。
お客様によっては、ぬるいね、なんて感想を抱かれる方もいらっしゃるかと思います。抽出完了時の温度は大体65℃くらい。お世辞にも、熱いとは言えません。
また、熱々でお願いします、というご要望を頂くこともあります。あっついのが好きなんだよね、と。
ご要望を頂けるのはとても嬉しく、同時にありがたいものでもあるのですが、熱々のコーヒーのご要望は、一貫してお断りしています。熱めで、という要望についても同様です。コーヒーには、適切な温度というものがあるからです。
適切とは。
唯一絶対の答えはありませんが、私の中での答えは存在します。飲みやすくクリアで、甘さが感じられ、冷めても美味しい。これら全てが実現される温度です。
コーヒー豆を粉砕し、お湯と接触させることで、私たちはコーヒーを液体として楽しむことができます。細かな話になるので説明は省きますが、お湯の温度によって、どれくらいの成分が抽出されるかが変わってきます。温度が1℃変わるだけで、味わいはかなり変わります。
極端な話をしてみましょう。
コーヒーに冷たい水をかけた場合と、熱湯をかけた場合。どちらの方が濃いコーヒーができるでしょうか。
熱湯をかけた方が、濃いコーヒーができそうじゃないですか。
そういうことです。お湯の温度は高ければ抽出は進み、低ければ抽出は進みにくくなる。ちょっと脱線しますが、時間についても同様です。長時間お湯と触れさせる場合と、短時間お湯と触れさせる場合。時間が長ければ長いほど、コーヒーの成分はより多く抽出されます。
単純に、濃いコーヒーが飲みたければ、熱湯でじっくり時間をかけて抽出すれば良いのです。
ただ一方で、残念ながらコーヒーには、抽出するべき美味しい(と言われることの多い)成分と、美味しくない(と言われることの多い)成分が存在します。これも一概には言えませんが、抽出の序盤〜中盤に出てくる成分は美味しいことが多く、後半になればなるほど美味しくない成分が出てくることが多いです(極端に簡素化しているので例外は多々ありますが、あくまで参考として)。抽出開始時から、香り、酸、甘さ、苦味、雑味の順でコーヒーの成分は抽出され、どの成分をどれくらい抽出するかで、味が決まります。どれくらいの時間をかけるか、どれくらいの温度で抽出するか、この二軸だけでも思考の幅は広がります。
例えば、熱々の熱湯で時間をかけて抽出した場合。温度が高いので抽出は高速で進み、本来取り出したかった香りや甘さが抽出されるフェーズは、一瞬で終わってしまいます。熱湯と触れたコーヒーは、あっという間に苦味や雑味を抽出するフェーズへと突入し、あとは時間をかけてじっくりと雑味を抽出するだけになってしまいます。短時間で抽出した場合においても同様で、温度が高すぎると、あっという間に苦味や雑味のフェーズへと抽出が進んでしまい、私の思う、飲みやすく、甘さが感じられ、冷めても美味しい、というコーヒーは完成しなくなってしまいます。
コーヒーにはそれぞれ、適切な温度が存在します。
1℃の変化にも敏感になる必要があるため、熱めで作ることは、そもそも根本的にできないのです。
苦くてもいい、雑味があってもいい、というお客様もいらっしゃるかもしれませんが、それであれば私のコーヒーじゃなくてもいいとすら思います。庭珈琲でお出ししているコーヒーは、平均して650円。決して安価ではありませんし、使っているコーヒー豆だってかなり品質の高いものに絞っています。苦味、雑味に塗れてしまうなら、品質の高いコーヒーじゃなくてもいいのではないか、というのが私の持論です。
飲んだ時に熱々であることの幸福感は分かりますが、同時に味が台無しになってしまうので、熱々のコーヒーは全てお断りしています。
こう書くとなんとなくこだわりがすごそうですが、決して安くないお豆を扱っているという自覚と、何より美味しいコーヒーを飲んでほしいという私のエゴが重なった結果、お客様のご要望に添えないという事象が発生しているわけです。
ただ、熱々のコーヒーをご所望のお客様には、アメリカーノという選択肢があり、一応要望通りのものをお出しすることも可能ですので、ご安心を。長々と書いてきたのは、あくまでハンドドリップに限った話ですので、悪しからず。
熱々のコーヒー。
奥深いでしょうか。
或いは。