2026/02/01 17:27
藤色の夕方が、世間を労っていました。
正月。
大学時代の友人に会うため、慣れないICカードに多めのお金をチャージして、最寄駅の改札を通り、誰も並んでいない、最も人気のなさそうな車両に乗り込みました。
人は皆、うなだれるようにして、各々の席に着席していました。世間は浮き足立つ季節だというのに、電車内だけは、月曜日の空気をそのまま溜め込んでいるような、陰惨とした空気に満たされていました。
立っている人も幾名、見えましたが、彼らも変わらず、収穫を待つ稲穂のように、ゆらゆらと不規則に揺れていました。
嫌なことがあったのだろう、と私はひとたび思いましたが、彼らは皆、虚な目をしながらも、その奥には小さな揺らぎが見え、どうも落ち込んでいるようには見えませんでした。静かな泥酔、とでも言えばよいのでしょうか、焦点の合わない不思議な目をしながら、誰もが手元の光を見ており、そんな人間が多数派である以上、電車に乗っている間は、そうしてスマートフォンに酔いしれるのが普通なのでしょうが、どうしても私には、彼らが正常だとは思えませんでした。
妙な気持ち悪さを覚え、私は荷物の中から文庫本を取り出し、その世界へと身を潜らせました。私もまた、うなだれているような姿勢をとったわけです。
小説の世界の中では、主人公が安酒をあおりながら、七輪で雑魚を焼いていました。
馴染みの居酒屋で使い物にならなくなった、余り物とすら呼べない酒を少し分けてもらい、近所の漁師が捨てようとしていた魚を、謂わば押し付けられるような形で譲り受け、それらを持って近所を歩けば隣人から乞食と呼ばれ、そうして晩夏の夕暮れの中、縁側で、風情のない一人宴会を開いていました。貧相で、みっともなくて、お世辞にも美しいとは呼べないその様は、とても贅沢に見えました。
彼の酒盛りも佳境に差し掛かった頃、私は目的の駅に到着し、電車から吐き出さされるようにしてホームへ降り立ちました。地下鉄特有の生温かい空気に触れながら、人の流れに乗るようにして、改札へと向かいます。
途中、何度か人にぶつかりそうになりました。彼らはいずれも、例外なく、手元のスマートフォンに首根っこを掴まれ、ワイヤレス・イヤホンに両の耳を塞がれ、朦朧と歩いていました。彼らはぶつかりそうになると、ギョロリと目線を上げ、障害物や人を避けるルートを機械的に確認し、ぶつからないギリギリのルートを選別しながら、人混みの中を進んでいました。彼らは皆、熟練の技を仕込まれた、操り人形のようでした。
改札を抜け、友人と合流します。
どこへ行く、腹は減っているか、などと話をしながら地上へ上がると、無数の車が目の前を走り抜け、名前のない人間が昼間のように明るい街中を徘徊し、都会の煌びやかなネオンが、私の影をカラフルに塗りつぶしていました。街全体が巨大なダンス・ホールのように見え、ステップを踏む周りの人間に押し出されるようにして、私たちは裏路地へと身をすべらせ、ようやく深呼吸できたわけですが、吸い込んだ空気は灰色に少し群青色を足したような心地がして、やはりここでも人混みを感じざるを得ず、排気口が等間隔で顔を出す裏路地はどこまでも伸びており、巨大な舞台裏のような雑然さがそこにはありました。
カシミアのマフラーにずっぽりと埋まるように歩き、薄暗い裏路地を何度か曲がった先で、ぼんやりと赤く光る提灯が見えました。それは古い民家のような佇まいであり、おでん、と書かれた提灯がなければそのまま通り過ぎてしまいそうな、影の薄さといいましょうか、灰色の路地に影を潰されたような、とにかく主張のない、淡影な店構えを持っていました。立て付けの悪そうな入り口から漏れ出る出汁の香りが食欲をそそり、私たちは夕食をおでんに決めました。
外からは判りませんでしたが、店の中は客でいっぱいで、私たちは先にいた客の背中をすり抜けながら、店の奥にあるカウンターに並んで座りました。調理場が見える、狭い席でした。椅子はぐらつき、尻に敷かれたクッションは潰れて硬くなり、座り直すのに苦労するほど背後は窮屈でした。声をかけても女将は振り向かず、ほとんど叫ぶようにして其の人を呼ぶと、返事もせず、ざらざらと歩きながらこちらへ来て、注文の仕方を二度説明し、また去ってゆきました。
愛想が悪く、窮屈な席でも、居心地は良いものでした。
愛想の良い接客が私はどうも苦手なのです。満面の笑みで出迎えられたりしようものなら、途端に後ずさりしたくなり、しかしもちろんそんなことはできるわけもなく、まさしく蛇に睨まれた蛙のように、その場で立ち尽くし、どうしようかと逡巡したのち、こちらも満面の笑みをどうにか表出させ、愛想の良い客、というお手本に違わぬよう、細心の注意を払いながら店内を堂々と歩くのでした。私が良い客の日本代表です。
ほら居心地が良いでしょう、と言わんばかりの飲食店に入れば、ええ、たいへん居心地が良く、まだまだ居座りたい気分です、といった面持ちで背筋をしゃんと伸ばして座らざるを得ず、これがまあ何よりも窮屈なので、件のおでん屋のような、客の居心地を無視した愛想の悪い店に、居心地の良さを感じるのでした。
おでん以外のメニューは季節の魚と少しの漬物と出汁巻卵くらいしかなく、つまみと呼べそうなものはほとんどありませんでした。
少し考え、おでんをいくつかと、鯵のなめろう、出汁巻卵を注文し、日本酒のメニューから風変わりな名前のものを指さしたのですが、自分で取って、と顎をしゃくられ、果たしてそちらへ目線をやると、年季の入ったガラス戸タイプの冷蔵庫に日本酒がずらりと並んでおりました。食事の注文を終え、狭い店内をすり抜けるようにして日本酒を取り、お猪口を二つ持って、席に戻りました。ぐらつく椅子に座りながら、適当な量の酒を注ぎ、おつかれ、と一言交わしてから口に運びます。
米の甘さと芳醇さが鼻を抜け、粘性を感じる液体が、体の中へと落ちてゆきました。甘美な温かさに胃が弛緩していくのを感じ、ようやくほっと一息ついたわけですが、料理が来るまでは特に話すこともなく、近況の確認と報告事項を述べ、あとは手元の割り箸をいじくり回してました。
そういえば、と彼の過去に対する疑問をぶつけようとした瞬間に、女将がおでんを運んできました。大根、昆布、白滝、卵、と分かりきった彼らの紹介を二度してから、女将はまた、ざら、ざら、と去ってゆきました。
どの具材も、皆平等に2つずつ注文していたので、互いにそれらを取り分け、自分の取り皿の上で大根に箸を入れ、少し小さな、破片とでも呼べそうな大きさの大根を、口に運びました。
美味いおでんでした。
出汁と具材が互いの立場をわきまえ、長所を潰し合わない謙虚さを持ち合わせており、大根は箸を入れるとぱっくりと割れ、口に入れればほろほろと崩れてゆきました。やがて出汁の香りを残して大根は消え去り、亡くなった祖父母の思い出のような儚さを代わりに置いてゆきました。
急いで食べるわけでもなく、かといって味わうというわけでもなく、少しずつ体に馴染ませるように、時間をかけておでんを食べすすめました。途中で日本酒を取りに席を立ち、二人で分け合いながらそれを飲みました。いくつか彼と話しはしましたが、どれも実務的で、実際的な内容でした。心地よい時間でした。
どうして、急にいなくなったの。
ずっと彼に抱き続けていた疑問でした。4年前、大学卒業と同時に彼はどこかへ消えました。連絡先は変わり、生死もわからず、誰もが彼を探していましたが、大学生同士のつながりなどそれほど強固なものではなかったようで、ついに誰も彼の居場所を突き止めることはできませんでした。
私は彼と特別親しいわけではありませんでしたが、それでも彼の不在は強烈で、彼の属していたグループは、恒星を失った惑星のように無気力に散ってゆきました。散り散りになった彼らは、また新たな恒星を見つけ、その周りをぐるぐると周回し始めました。ある者は親になり、ある者は捕まり、またある者は彼と同じようにどこかへ姿を消しました。
彼の失踪は私にとって、地球の裏側で起きた大地震とか、アフリカで起きた凶悪なテロ事件とか、そういったものに似た衝撃を持っていました。それくらい他人事で、それくらい大変な出来事だったのです。
だから何日か前、彼から急に連絡が来た時は、何かの間違いだと思いました。新しい連絡先は、彼だとわかる要素を一切持ち合わせていませんでした。名前は意味を持たないアルファベットの羅列で、写真は登録されてませんでした。どうやって私の連絡先を手に入れたのかも、わかりません。
飯行こうぜ、というメッセージと共に、彼は自分の名前を名乗りました。なりすましだとは思いませんでした。彼らしい、とすら思いました。4年ぶりでしたが、先週も会ったような気もする。それくらい、空白の時間は意味を持ちませんでした。
彼はいなくなった理由を、なんとなく、と答えました。
そうだよな、と私は納得しました。
日本酒を口に含みながら、彼の言う、なんとなく、と言う言葉を頭の中で復唱しました。なんとなく。なんとなく。そう言われると、理屈を並べるより、説得力がありました。何にでも理由があるわけではないのです。
世の中は便利になりました。
いつでも誰かと繋がれて、お腹が空けば好きなものが食べられるようになりました。分からないことがあればその場で調べることができ、居場所だって共有できるようになりました。
30年前の人から見れば、日本中の人間が贅沢な暮らしをするようになっているでしょう。それでもどこか満たされず、我々の欲望の器は生活水準に比例して大きくなりました。常に誰かと繋がりながら生きる窮屈さは確実に存在する一方で、誰もそれに名前をつけられずにいます。彼が言ったなんとなくは、この窮屈さを指していたのだと私は解釈することにしました。
過去の贅沢は今の普通になり、今の贅沢は過去の普通を指すようになりました。
世の中は便利になり続ける一方で、デジタルデトックスやソロキャンプが流行ったりしています。インスタント・コーヒーが美味しくなれば、珈琲屋は潰れるでしょうか。或いは、インスタント・コーヒーが便利になればなるほど、珈琲屋というのは流行の対象になるのでしょうか。
便利な世の中で不便さを楽しめる大人は、この上なく贅沢だと思いました。小説の中の男が、七輪で雑魚を焼いているのは、なんとも羨ましい光景でした。便利になればなるほど不便が恋しくなるなんて馬鹿げていますが、大体において世の中は馬鹿げているのです。
店を出て、薄暗い路地を歩きました。
満月の夜でした。月の明かりは我々2人の影を中途半端な方向へと引き伸ばし、隙間風がその影を追いやろうとしていました。正月らしくないと思いました。
帰ったら丁寧に珈琲を淹れようと決めました。不便に珈琲を楽しむ時間は、硬く強張った日常を弛緩させてくれるはずだと、なんとなくそう思いました。